Youtubeのおすすめに上がってきた
宮川彬良が驚愕した名曲を解説!〜これはすごいな、この曲は!!(本題編)
という動画の解説が素晴らしかったので、共有したいと思います。
宮川彬良さんがこの動画の準備編でも解説されていますが、
音楽理論、特にクラシックの和声法(和声学)を学ぶと、「声部の独立性」という言葉や、声部進行の様々なルールが必ず出てきます。
例えば、バッハのコラールのように、4つの声部(ソプラノ・アルト・テノール・バス)がそれぞれ滑らかに動きながら全体として調和する、あの緻密な美しさ。それは間違いなく音楽の理想の一つとされています。
しかし、ここでふと、ある疑問が頭をよぎります。
「あれ?でも普段聴いているポップスやロックでは、歌のメロディとベースラインが同じような動きをすることって結構あるぞ?あれはあれで最高に気持ち良いし、誰も間違いだなんて言わない。これって、理論的に矛盾しているんじゃないか?」
多くの人が、理論を学び始めると一度はぶつかるであろうこの壁。
今回は、この「美しい響き」の正体について、そしてそこから見えてくる「和声」と「コード」という言葉の使い分けの本質について、少し深く掘り下げてみたいと思います。
1. 「美しい響き」の呪縛 – 視点が違えば「正解」も違う
私たちはつい、「理論的に正しい響き」や「美しい響き」というものを、たった一つの絶対的な基準であるかのように考えてしまいがちです。しかし、音楽における「美しさ」は、何を目的とするかでその姿を大きく変えます。
和声法が求める美しさ →「独立」と「調和」の美
クラシックの和声法が目指すのは、各声部が独立した旋律として機能しつつ、全体として美しく調和することです。そのため、声部の動きには様々なルールが存在します。
特に、完全5度や8度の音程を保ったまま同じ方向に進む「連続5度・8度」のような並行進行は、声部の独立性を著しく損なうため、禁じられています(禁則)。
これは、響きが一体化しすぎることを避け、立体的で緻密な物語を紡ぐための知恵です。
ポップスの美しさ →「一体感」と「分かりやすさ」の美
一方、私たちが普段耳にするポピュラー音楽では、メロディとコードのルート(ベース)が一緒に動くことがよくあります。
宮川彬良さんがこの動画で、「涙そうそう」「花は咲く」を解説していた際に、まさにこの点で「これはすごい!」と深く感銘を受けていたのが印象的です。
クラシック理論では通常避けるべきとされる、メロディとベースが全く同じ動きをする部分を指して、「禁則のはずなのに、これ以上ないほど美しく響く」と。
ではなぜ、その「禁則」がこれほどまでに美しく機能するのでしょうか。
それは、あの曲が持つべき「イノセンス(無垢さ)」を表現するために、その手法が最も適切だったからに他なりません。
メロディとベースが、まるで幼い子供が手をつないで歩くように、同じ歩幅で進んでいく。
この無垢な一体感が、どんなに複雑なハーモニーよりも雄弁に、歌のメッセージを伝えてくれるのです。
これは、音楽の本質を突く非常に重要な視点です。
音楽は、何よりもまず「表現」が第一にあり、理論はそのための道具に過ぎません。だからこそ、時には不協和音のような、一聴すると心地よくない響きでさえ、ある感情(例えば、不安や痛み)を表現するためには、それ以上ない「正解」になり得るのです。
2. 本質を考える:「和声」と「コード」が見ている景色の違い
この「視点」の違いこそが、「和声(ハーモニー)」と「コード」という言葉が区別して使われる核心部分に繋がってきます。この二つの言葉、指し示す現象は似ていますが、見ている景色の「解像度」が違うのです。
和声(Harmony)= 響きの「内部構造」まで見る設計思想
「和声」という言葉を使うとき、私たちは音の響きをより細かく、その内部構造まで見ています。例えば「C(ドミソ)」の響きがあったとして、「ソプラノのミが、次の小節でレに下がり、内声のドは滑らかにシに繋がっている」といった、**各声部の個別の動きや繋がり(文脈)**までを意識します。これは、音の響きの「建築設計図」そのものを、細部まで読み解くような行為に近いかもしれません。
コード(Chord)= 響きを「機能」で捉える便利なラベル
一方、「コード」は、その響きを機能的な「単位」としてシンプルに捉えた、いわば便利な「ラベル」です。ギタリストが楽譜に「C」と書かれているのを見てジャラーンと弾くとき、構成音のドミソがどの弦でどの高さで鳴っているかという内部の構造は、ある程度プレイヤーに委ねられます。
大切なのは「今はCという響きの場面ですよ」という機能を示すこと。これにより、バンドメンバーは瞬時に共通認識を持つことができます。
これは、設計図を見るのではなく、「リビング」「寝室」といった部屋の名前で、建物の役割を把握するような行為と言えるでしょう。
ポップスが禁則を破って生み出す一体感は、コードの機能的視点が和声のルールを越える瞬間であり、音楽の自由度を教えてくれます。
最後に
「和声」と「コード」。
この二つの言葉の背景にある視点の違いを理解すると、音楽理論が、あなたを縛る窮屈な「ルール」ではなく、音楽の世界の解像度を上げてくれる便利な「道具」であることが見えてきます。
そして、 ギタリストとして、あるいは一人の音楽家として、私たちが目指すべきは、この二つの世界を自在に行き来することです。
コード譜に書かれた「C」という記号をただの「ラベル」として押さえるだけでなく、その前後のコードへと、各弦の音がどうすれば滑らかに、美しく繋がるのかを考える。
それこそが「ボイスリーディング」であり、コードという便利な道具に、和声的な配慮、つまり「和声の心」を宿す行為に他なりません。
なぜバッハのコラールは声部を独立させ、なぜロックのベースラインはボーカルとユニゾンするのか。
そして、その両方の美しさを理解した上で、自分自身のコードワークに、いかに美しい「連結」を生み出していくか。
その背景にある「描きたい物語」や「音楽の方針」を感じ取り、実践していくことで、あなたの演奏も、普段の音楽鑑賞も、きっと何倍も深みを増すはずです。
※Vitamin Studioは音楽を多様な視点で楽しめるようなレッスンを心がけています。
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