個人的な昔話をします。
僕は鎌倉高校という、今ではロケーションでとても有名になってしまった「青春の代名詞のような高校」が母校です。
その高校1年生のとき、文化祭でのエピソードです。
ギターボーカルでGreen DayのBasket Caseを演奏しました。
そこで原曲にはない間奏部分でギターソロをドヤ感丸出しで弾きました。
高一として、何か爪痕を残したかったんです。
シンプルなパンクロックも好きでしたが、エディ・ヴァン・ヘイレンも好きだった。だから、入れてしまえ、と。Basket Caseに勝手にギターソロをつくって、締めにはタッピングまで入れました。
今思えば、作っている最中も、ドヤ感だけで突っ走っていたわけではなかったかもしれません。
Aメロのメロディを変奏したような、鼻歌でなぞれるシンプルなフレーズで組み立てていました。歌心が大事だと、実際にできていたかは別として、直感で考えていたのかもしれません。
ソロのフレーズを練るなかで、コードに対して「ハマる音」「ハマらない音」がなんとなく分かり始めていた気がします。
コードトーンの存在になんとなく気づいていた、スケールが合っていても全ての音がハマるわけではない、5度から最初に入るとうまく調和するな、というようなことを、理論用語ではなく感覚で。
ただ、最後の締めのタッピングも、どうしても入れたかった。
「ギターが俺は弾けるんだぞ!」っていう誇張もあったと思いますが、何かしら自分のアイデアを入れたい、オリジナリティの爪痕を出したい、という気持ちがあったんだと思います。
それを文化祭で披露したところ ある先輩には「アレはないよ」と言われました。
今思えば、その通りだったと思います。締めのタッピングのサーカス感、ドヤ感。
Basket Caseのシンプルさに対して、ちょっと過剰だったわけです。
ただ、もう一人、僕が憧れていたギターとヴァイオリンが上手い2つ上の先輩——その時すでにオリジナルを書いて活動していた先輩には、覚えてもらえました。
最終日の後夜祭、その先輩が、屋上にある秘密の溜まり場に連れていってくれました。
下では同級生たちがダンスを踊っていて、屋上は夕焼けの中、静かでした。
「いいのか、一年からこんなところにいて」
と先輩は嬉しそうに言ってくれました。
そして僕はその時間を今でもはっきりと覚えているくらい、嬉しかった。
たぶん先輩は、ソロの出来不出来ではなく、「自分で何かを入れにいった」という行動を見てくれていたんだと思います。
先輩自身がオリジナルを書いて活動していた人だったから、そういう目線で後輩を見ていたのかもしれません。
その先輩は今もプロの音楽家として活動していて、大人になった今、一緒に仕事をする機会もあります。
あの後夜祭の屋上から、長い時間が経ちましたが、今でも繋がりは続いていてとても大切な縁です。
振り返ると、僕は音感もリズムも、間違いなく良くなかった。ただ、ギターが好きで、好きな曲を何度も聴いていた。鼻歌で考えながら、ハマる音を探していた。それくらいのことです。
スケールに機能しない音があるとか、コードトーンとの関係とか、そういうことを言葉で整理できるようになったのは、もっと後のことです。
最初から見えていたわけではありません。
ただ、文化祭で爪痕を残したかったあの時、何かしら自分のアイデアを入れにいった、ということが、後から振り返ると全部の出発点になっていた気がします。
Vitamin Studioのレッスンで、生徒さんの「好きな曲」「好きなアーティスト」を大事にしているのは、このような原体験が理由です。そして、そこから出てくるアイデアを僕はとても尊重したいです。
能力は、人それぞれバラバラです。
音感もリズム感も、最初の地点は人によって違う。
これは事実なので、「誰でも同じような努力で弾けるようになります」とは言いません。
それでも、情熱が育てば、その人にとっての可能性は確実に広がっていきます。
自分のアイデアを、ちょっとずつ入れていく。その積み重ねが、どれだけ素晴らしい時間や経験になるのか、僕は知っています。



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