チャーシューラーメンと音楽の役割の話

下北沢、一龍のチャーシューラーメン 事務所、下北沢周辺
下北沢、一龍のチャーシューラーメン

音を出す理由なんて、ほんとはいらないのでしょうね。


最近あらためて思うのですが、
音楽って「うまくなりたい」とか「誰かに聴いてもらいたい」とか、
何かしらの目的があるほうが、始めやすいし続けやすいのかもしれません。

でも、目的がなくても、
ただ音を出すこと自体に、ちゃんと意味があるような気がしています。


たとえば、上手に弾けなかったとしても、
それでも自分の手から音が出た瞬間に、
「いま、ここにいるな」と感じることがあります。

僕が音楽に惹かれた大きな理由の一つは、
評価されること(=成功)と、
評価されなくても意味があること(=存在)を、
どちらも受けとめてくれるところです。


音楽という表現行為は、
「条件付きの価値(=成功)」と
「条件なき価値(=存在)」を、
同時に扱える、珍しい領域と言えるのではないでしょうか。


練習をして、少しずつうまくなっていくことも楽しいですし、
ただ黙って弾いている時間に、自分が戻ってくるような感覚も好きです。

誰かに聴かせるためでもなく、
何かを成しとげるためでもなく、
ただ「音を出していたい」って思う日が、たまにあります。


そういうとき、自分はたぶん、
「なぜ音楽をやっているのか」を問い直しているのかもしれません。

そして、答えが出なくても、やっぱり音を出したくなる。
それで充分なのかな、と思ったりします。

ってそんなことを昼休みに考えていたら、
気がつくとラーメン屋に吸い込まれていました。

音楽もラーメンも気付けばそこにある、離れ難い存在ですね。


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